検察審査会の審査員に選ばれていました
年始早々に地元の選挙管理委員会から
「あなたは抽選の結果検察審査会の審査員候補に選ばれました」という
手紙がやってきた。
最初は検察審査会ってなんじゃらほいという感じだったが
いろいろと調べたり、説明会に行ったりして何をするのかだいたいわかったつもりになっている。
残念ながら(笑)審査委員には選出されることがなかったのでブログにも書くことができるのだが
誰でも審査委員になる可能性はあるのだ。
審査委員に選ばれた時には守秘義務を負おうこととなり
審査した事案については一切の口外を禁止され、墓場まで持っていくことになる。
で、何をするのかというと
検察が不起訴処分にした事件にたいして被害者が不服を申したてたときに審査を行い
検察の不起訴処分が妥当であるかどうかの検討を行うのである。
任期は6ヶ月、そのうち半数が三ヶ月ごとに改選される。
ちなみに都合が悪いからといって辞退することはできない。
岡山で検察審査会の活動が有名になったのは、
女子高生(当時)が飲酒運転で交通死亡事故事故おこしたのだが、
検察審査会が三度の不起訴不当、起訴相当の結論を出したにもかかわらず
不起訴処分とした事案である。
同じように司法の場に関わる制度として
来年から裁判員制度が始まるが、死刑制度反対派の弁護士さんが
「被害者家族が死刑にしろと法廷で泣き叫べば
裁判員が死刑を選択する可能性がある」と主張されているようである。
他方では死刑と無期懲役との間があまりにもかけ離れているとして
仮釈放を認めない絶対的終身刑を創設しようという動きもある。
もし絶対的終身刑が創設されたときに、裁判員としてぼくが選出された場合
いかに被害者家族が泣き叫んで死刑を主張したとしても
僕は終身刑を主張するだろう。
いかに法の名の元にとはいえ、人を殺すことがイヤなのではなく
死刑にも相当するような罪を犯した被告人を簡単に殺したのでは面白くない。
殺されることなく延々と生かされ拘禁されたままの精神的苦痛のほうが
死刑囚として刑が執行されるまで生かされるより苦痛ではないか。
安易に死刑を選ぶよりは絶対的終身刑を選んだほうが、
非人道的刑罰と呼ばれようとも、被告に被害者や被害者家族に与えた以上の
苦痛を与えることができるのではと思うのである。
人道的というか人権派といわれる方々からは忌み嫌われるだろうけどね。
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